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毛呂山原爆絵画展

「武井誠 市民運動デイリーレポート」の一部記事について、その詳細報告を掲載しています。
このページは、2007年9月9日掲載デイリーレポート記事 "毛呂山原爆絵画展" の詳細報告です。

以下、元記事。

「どう受け継ぐか、世代を越えて」が今年の毛呂山原爆絵画展のテーマ。埼玉新聞や朝日かわら版に取り上げられた影響か、昨年より多くの方が来場されているそうです。特別企画も、ほぼ満席の盛況。
  はじめに、俳優座の高山真樹さんの朗読。そして私は、いつものとおりギター&歌&トークで、13年引率した「ヒロシマに学ぶ埼玉子ども代表団」の活動を紹介しました。好評だったようで、ほっとしました。
毛呂山町から代表団に参加したM君も来てくれ、作文を朗読してくれました。
すばらしい作文でした。詳細版に掲載します。

「ヒロシマに学ぶ埼玉子ども代表団」に参加して

原爆ドーム 僕は今年の夏、埼玉子ども代表団として広島へと、戦争、核兵器、そして平和というものを学ぶために行ってきました。
実は昨年も、この代表団で一回広島へ行っており、私用も含めれば自身三回目の広島となりました。
でもそれは、決して無駄なことではなく、はるかに以前の二回よりも多くのことを学び取ることのできた有意義なものだったと思います。

僕らは、広島へ行き、戦争の悲惨な歴史を伝えるべく世界遺産にも登録された原爆ドーム、それを取り囲むように整備された平和記念公園、その中に点在するそれぞれたくさんの人の思いがこもった数多くの慰霊碑、そして平和記念資料館及び国立平和祈念館などをまず回りました。

百聞は一見にしかず、というのは不適切かと思いますが、やはりこちらで写真等の資料を用いて見るよりも、実際に62年前、原爆という兵器の落とされた街へ行き、そこで見ること、聞くこと、感じることはずっと僕にはたくさんのことを教えてくれたような気がしました。
それは、終戦から62年経ってもまだ癒えぬ、戦争の悲しみ、苦しみ、被爆者の方々の辛さ、そして全ての人の平和への願いが込められていたからだと思います。

その他、僕らは自分たちと同じくらいの年代の子どもたちが集まり、共に平和を願う慰霊祭やイベント等にも参加させていただきました。
本当に数多くの僕と同じくらい、またもっと小さな子どもたちが、自分の意見、平和に対する意見を堂々と述べているのには圧倒されました。
それと共に、意見を訴えていくことの大事さを改めて感じさせられたような気がしました。
平和というのは、ただ待っているだけでは決して訪れない。世界のどこかでまだ争いが続いている限り、何もせずただ傍観しているだけでは決していい方向へ向かうことはありません。
争いを止め、平和を作りだすための第一歩が自分の意見をはっきりと主張すること、そのことに改めて気付かされました。

そして8月6日の早朝、第62回広島市平和記念式典に参列させていただきました。
追悼の献花、広島市長の平和宣言、そして黙祷――どれもみな、心を打たれまた更に平和の尊さを感じさせるものでした。
本当に今日、この場でも記憶の扉が開かれている原爆の恐ろしさ、そして被爆者の方々の叫びというものが痛いほどに伝わってきました。

こんな大量殺戮兵器は世界から完全に無くしてしまう以外の選択肢は僕らにはありません。
二度と使われないように、広島、そして長崎と同じような悲惨な現場を作り出さないためにも、全てなくさなくてはならないのです。
でも、残念ながら今日の状況を見ていると、僕らの思いとは裏腹に、逆の方向へ流れていってしまっているような気がします。本当に恐ろしいことが再び起こってしまうような気がします。それを止めるために今、僕らには何ができるのか・・・。
それがやはり、自分の意見をはっきりと述べることだと思います。
戦争の悲惨さ、平和の尊さというのを身近な人一人にでも、伝えていくことこそが途轍もなく遠回りなようで、実は一番優れた近道なのではないかと思います。
僕は広島でたくさんの人からそのメッセージを伝えられました。今度は僕が伝える番です。みなさんに、少しでもそのようなことが伝わればいいなと思っています。ありがとうございました。