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市指定無形民俗文化財「入西くどき」を学ぶ

「武井誠 市民運動デイリーレポート」の一部記事について、その詳細報告を掲載しています。
このページは、2008年4月23日掲載のデイリーレポート記事 "入西くどき" の詳細報告です。

以下、元記事。

「入西くどき」保存会の顧問をお引き受けしました。「入西くどき」については、「デイリーレポート詳細版」でレポートします。

市指定無形民俗文化財「入西くどき」

ござイラスト  入西(にっさい)地区は、江戸時代には入西領と称して20近い村々が属していました。

 入西という地名の由来は1200年前の奈良時代に入間郡に住んだ高麗人たちが入間川や高麗川に沿ってその郡域を広めたために、鎌倉時代には入間郡を2つにわけ、東を入東郡、西を入西郡と称したと伝えられています。

 くどき(口説き)は諸国を遍歴した旅芸人が広めたもので、歌念仏の形で門付けをし、それがやがて各地の盆踊歌となったと云われています。
 さて、ここ入西に伝わる「入西くどき」もまた、その例にもれず当地の特産だった「ござ編み」の仕事歌として歌い継がれたと伝えられています。

 歌の内容は、江戸時代の入西領18ヵ村(旧吉田村を含む)の村名を歌詞に織り込みながら、男女の相愛をとりあげ、その中に人情の機微を巧みに表現しています。
また、「牛久保(旧善能寺村の地名)」という現在では消滅してしまった地名や「可愛い殿御にささせた刀、いまの流行の柄先(塚崎)ながく・・・」など、古めかしい文句などから、江戸時代中期に作られたものと推定されています。

 原作者は、北大塚の鍛冶屋藤吉という説もありますが、それが定かではないとしても藤吉が仕事場のフイゴを押しながら歌ったであろうことは想像に難くなく、その普及に大きく貢献したと思われます。
また、踊りは二人の組踊りで、四季それぞれの宴に村人が車座になって唱和し踊り明かしたと伝えられています。

・・・・
竹之内をばのぞいてみれば
いきな若衆が手踊りなさる
あのや殿御とそわるるならば
小山越してもわしゃ堀米よ
峰え顔して新堀こんで
人目忍んで北大塚よ
可愛い殿御にささせた刀
今のはやりの塚崎ながく
逢えば互いのその中里よ
トコドッコイ コリャコリャ
・・・・